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■前集53項

施恩者、内不見己、外不見人、即斗粟可当万鐘之恵。
利物者、計己之施、責人之報、雖百鎰難成一文之功。

恩を施す者は、内に己を見ず、外に人を見ざれば、即(たと)え斗粟(とぞく)も万鐘(ばんしょう)の恵みに当たるべし。
物を利する者は、己の施しを計り、人の報(むく)いを責(もと)むれば、百鎰(ひゃくいつ)と雖(いえど)も一文の功を成し難(がた)し。

他人に恩恵を施す者が、それを特別に良いことだと考えなければ、米一升であっても価値がある行為だが、施す気持ちに下心があれば、例えそれが大金であっても1円の価値もない。
つまり、善意は無心で行ってこそ価値があり、下心があれば無意味なのだ。
言い換えれば、活人とは善に対して匿名であることを重視している人だ。