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■後集27項

熱不必除、而除此熱悩、身常在清凉台上。
窮不可遣、而遣此窮愁、心常居安楽窩中。

熱(ねつ)は必(かなら)ずしも除(のぞ)かず、而(しか)も此(こ)の熱悩(ねつのう)を除(のぞ)かば、身(み)は常(つね)に清凉台(せいりょうだい)の上(うえ)に在(あ)らん。
窮(きゅう)は遣(や)るべからず、而(しか)も此(こ)の窮愁(きゅうしゅう)を遣(や)らば、心(こころ)は常(つね)に安楽窩(あんらくか)の中(なか)に居(お)らん。

自然な暑さは無くす必要はなく、暑いと思い悩む心を無くせば、いつでも縁台で涼しさを楽しんでいられる。
現実の貧しさを無くす必要はなく、貧困を思い悩む心を無くせば、いつでも安心感のある家で暮らしていられる。
つまり、達人とは、現実を先ずは、否定的ではなく、肯定的に見られる心を獲得し、次には否定も肯定もしない、“あるがまま”を楽しめる心を獲得している者と言えるだろう。
言い換えれば、全ての事象は達人にとって“あるがまま”であり感情が動く対象では無いのだ。
翻った云えば、達人は悟っているのだ。
慧智(030712)