■後集15項
人肯当下休、便当下了。
若要尋個歇処、則婚嫁C完、事亦不少。
僧道雖好、心亦不了。
前人云、如今休去便休去、若覓了時無了時。
見之卓矣。
人(ひと)肯(あえ)て当下(とうか)に休(やす)めば、便(すなわ)ち当下(とうか)に了(りょう)ず。
若(も)し、個(こ)の歇(や)む処(ところ)を尋(たず)ねんこと要(ほっす)れば、則(すなわ)ち婚嫁(こんか)は完(まった)しと軀(いえど)も、事(こと)も亦(また)少なからず。
僧(そう)道(みち)好(よ)しと軀(いえど)も、心(こころ)また了(りょう)せず。
前人(ぜんじん)云(い)う、「如今(もし)、休(きゅう)し去(さ)らば、便(すなわ)ち休(きゅう)し去(さ)り、若(も)し了時(りょうじ)を覓(もと)むれば、了時(りょうじ)無(な)からん」と。
之(これ)を見るに卓(たく)なり。
人間、即断即決して断念できれば、どんな事でも終わるが、些細な事を気にしてタイミングを計ろうとしていれば、次から次に気になる事が湧いてきて、肝心な事は終わらない。
かといって、出家しても、そんな心では現実は何も変わらない。
古の賢人が言うには、「今すぐ止めようと思えば簡単に終わることでも、タイミングなどを気にしていては問題はいつまでも解決しない」とある。
これは正に、的を射ている。
つまり、人間は、自分を信じ切り、即断即決をし、捨て去る事こそが心の生産性向上であることを発見しない限り、問題は死んでも解決しないのである。
言い換えれば、達人とは、本来の自己の出す答えを素直に実行している人なのである。
慧智(030709)