■後集1項
譚山林之楽者、未必真得山林之趣。
厭名利之談者、未必尽忘名利之情。
山林(さんりん)の楽(たの)しみを譚(かた)る者(もの)は、未(いま)だ必(かなら)ずしも真(まこと)には山林(さんりん)の趣(おもむき)を得(え)ず。
名利(めいり)の譚(たん)を厭(いと)う者(もの)は、未(いま)だ必(かなら)ずしも尽(ことごと)く名利(めいり)の情(じょう)を忘(わす)れず。
世俗を離れた別荘暮らしや田舎暮らしを殊更に語る者は、まだまだ本当の風流な閑居暮らしの趣を知らない。
名誉や金儲けの話しを聞くことを、殊更に嫌う者は、まだまだ現役の時の欲望を忘れられない。
つまり、閑居や隠居は呼んで字の如く、煩わしい人間関係から自分を取り戻すために人知れず花鳥風月、雪月花を楽しみ、大自然に住すことを重視して穏やかな日々を送っているので、それを口外するようなことはしないが、訪問を促すような生活描写や自慢話をしているようでは、現役時代に燃えつくしたとは言えないだろう。それが証拠に本音の中にある名誉欲や金銭欲を連想するような話しを聞くと今一度というようなイライラが湧き上がるので、故意にその話しから逃げる。
言い換えれば、前出のような人は、素直になって現役復帰に挑戦した方が、気持ちよく生きられますよということ。
翻っていえば、達人よ、人間には皆、異なる旬があるから、誰が何と言おうと、年齢相応なんて生き方は忘れなさいということだろう。
慧智(030706)