■前集135項
有妍必有醜為之対。
我不誇妍、誰能醜我。
有潔必有汚為之仇。
我不好潔、誰能汚我。
妍(けん)有れば必ず醜(しゅう)有りありて之が対(つい)為(な)す。
我、妍(けん)に誇(ほこ)らずば、誰か能(よ)く我を醜(しゅう)とせん。
潔(けつ)有れば必ず汚(お)有りて之(これ)が仇(きゅう)を為(な)す。
我、潔(けつ)を好まずば、誰か能(よ)く我(われ)を汚(お)とせん。
美醜は必ず相対的で対をなしている。
もし自分から美しいと誇らなければ、誰からも醜いとは言われない。
清濁は必ず相対的で対をなしている。
もし自分が清潔だけを好まなければ、誰からも汚されることはない。
つまり、何事も相対的であり、偏れば反動があり、中庸は平和をもたらす。
言い換えれば、活人は、清濁は合わせて飲んでしまえる人ということだ。
慧智(030520)