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■前集104項

以幻迹言、無論功名富貴、即肢体亦属委形。
以真境言、無論父母兄弟、即万物皆吾一体。
人能看得破、認得真、纔可任天下之負担、亦可脱世間之韁銷。

幻迹(げんせき)を以って言えば、功名富貴(こうめいふき)を論ずる無く、即(すなわ)ち肢体(したい)もまた委形(いけい)に属(ぞく)す。
真境(しんきょう)を以って言えば、父母兄弟を論ずる無く、即(すなわ)ち万物(ばんぶつ)も皆吾(みなわれ)一体なり。
人、能(よ)く看得(みえ)て破(やぶ)り、認めて得て真(しん)ならば、纔(わずか)に天下の負担に任(た)うべく、亦(ま)た世間の韁銷(きょうさ)を脱すべし。

泡沫の様な現実の世界では、財を築き、名を残すことなどは勿論のこと、肉体は借り物に過ぎない。
本質である実在の世界では、父母兄弟は勿論のこと、万物は皆、自分と一体なのだ。
人はそれを観じて悟り確信したら、天下国家の大役を担えることが出来るし、俗世間の柵(しがらみ)を超越できる。
つまり、この世が二元論の幻想の世界ではなく、一元論の本質の世界であることを知らない人間は上に立つ者の資格は無いということ。
言い換えれば、活人は、坐禅などを通じて無の心境を悟っている人であり、それを知りえない下衆な人間には上に立つ資格は無いと言うことに他ならない。
慧智(030614)